1999

2012年08月14日

「1999」終章 - 第4話「Epilog」

第4話「Epilog」

 さえない天気だった。雲の隙間から顔を覗かせる空の色はあまりに青く、見ていると絶望的な気分になった。名前も知らない鳥が飛んでいく。
 僕は井上の車から降りた。井上は走り屋だ。彼の車はワックスでピカピカに磨かれ、極限までカスタマイズされている。芳香剤の匂いがきつすぎるせいだろう。少し酔った。

 鈴木も車から降りてきた。
 
 僕と井上は水を汲みにいった。墓地には僕達以外誰もいない。当たり前といえば当たり前だ。平日のこんな時間に墓参りができる人種は限られている。
 周囲は山に囲まれており、切り開かれた空間に墓石がひっそりと整列している。その光景は、あのサーバルームを思わせた。


 僕達は金を出し合って柿原の墓を建てた。


「おい、ちっとは手伝え」井上が言った。水で満たされたバケツをよたよたと運んでいる。日々の不摂生のせいだろう。ほんの10mかそこら歩いただけで息を切らしている。僕は井上を無視して歩いた。

 鈴木は既に墓の前にいた。黒い喪服を着て日傘をさしている。

 鈴木の隣に立ち墓を見つめた。しばらくして怖い顔をした井上が上がってきた。汗だくだ。「有り得ねえお前ら有り得ねえ」呪いの言葉を呟いている。井上のスーツ姿を見るのは成人式以来だ。

「もうちょっとマシな服無かったの?」鈴木が言った。僕はぼんやりと宙を見ていた。もうちょっとマシな服。そんなものはない。服なんて着られれば何だっていい。

 鈴木は墓の両側に花を添えた。井上はバケツを置き、柄杓で墓石に水をかけた。そして懐から線香を取り出し、ライターで火を点けた。
 風が吹き、線香の煙を拡散させた。静かな匂いが空気の中に溶けていった。
 二人は数珠をはめて手を合わせ、墓に向かってお辞儀をした。僕にそんな用意はない。「何しに来たのアンタ?」鈴木が冷たい目で僕を睨む。その通りだ。僕はここに何をしに来たのだろう?柿原を弔うためか、冥福を祈るためか?自分でもよく分からないのだ。
 
 墓の下にはUSBメモリが眠っている。柿原の唯一の遺品だ。奴はあらゆる痕跡を消していった。他には何も残っていない。家も、衣服も、生活用品も、そして家族さえも。
 あの時以来思う。何故柿原はこの世界を憎んだのか?遠くない将来、僕は全てを理解するだろう。僕は柿原の心の闇に触れた。その感触は身体のどこかで今も蠢き続けている。何かが始まろうとしている。好ましくない何かが。僕はそれをはっきりと感じ取ることができる。
 
 今日も地球は回っている。僕の気持ちなどおかまいなしに時は流れていく。永遠を求めるのはあまりに愚かで空しい行為だ。そこには失望しかない。だから僕達は諦め続けなくてはいけないのだ。どこまでも。徹底的に。生き残るために。
 


 僕は息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それからもう一度吸い、吐いた。
 これが生きている者の特権なのだと死者に勝ち誇るように。
 
 
 風が吹いてきた。冷たい風だ。
 
 
 多分、雨が降る。




〈終わり〉



posted by 魔王源 at 10:13| Comment(0) | 終章
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