1999

2010年12月14日

「1999」第2章 - 第10話「マッチ売りの少女(4)」

「実は、このペンダントをくれた友達は、もうこの世にいないんです。
 どうやら悪性の腫瘍に侵されていたようで…彼は末期癌でした。
 死の床で彼は、僕にこのペンダントを託しました――――僕の手首を強く握り締め『頼む』とだけ言い残して。手首を見てください。ホラ、ここにうっすらと痣があるでしょう?彼の握り締めた跡です。彼は最後の力を振り絞って、僕にこの痣とペンダントを残しました。
 僕は彼の望みを叶えてやらなければいけないと思いました。僕にとって彼は『親友』と呼ぶことのできる、数少ない人間のひとりだったから。でも、彼が最後に言った『頼む』という言葉が何を意味しているのか分かりませんでした。彼は僕に何を頼みたかったのか?見当もつきません。答えにたどり着くための手掛かりはペンダントしかありませんでした。だから僕は、必死でペンダントを調べたんです。
 そしてこの教団に辿り着きました。」

 僕の口から、流れるように言葉が溢れ出した。これこそが僕の真骨頂である。今話したことの大半はデタラメだ。これども全てが嘘というわけではない。柿原が死んでしまったのも、親友だったのも本当のことだ。右手首に痣があるのも嘘ではない。柿原が握って出来たわけではないけど。実際にはお茶を沸かしていたとき、火傷してできた傷跡である。まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。
 子供の頃から僕はウソをつくのが天才的に上手かった。真実を湾曲して解釈し、出来事の順番を再構成し、自分にとって都合の良い虚構を作り上げる。そうやって作り上げた僕の嘘は、これまで一度も破綻したことがない。
 嘘をつくということにかけて、僕は誰にも負けない自信がある。本気を出せば騙せない人間などいない。嘘があまりにも巧妙すぎるため、時々自分ですら何が嘘で、何が本当だったか分からなくなるくらいなのだ。

 マッチ売りの少女は真剣に耳を傾けてくれた。彼女の瞳は瞬く間に潤んでいき、やがて涙が滝のように流れだした。

「…そうだったんですか。
 ごめんなさい。私、なんか…質問してはいけない事を聞いちゃったみたいで。あの、なんて謝ったらいいか…その、ほんとに、本当にすいませんでしたっ!!」

 僕の作り上げた虚構は、どうやらマッチ売りの少女の繊細なハートに届いた…というか、突き刺さったみたいである。それも、かなり深いところに。
 ていうか彼女を騙すのはあまりに簡単すぎた。疑うということを全く知らない女の子なのだ。さすがに罪悪感をちょろっとだけ覚えた。

「何か力になれることがあれば、遠慮なくいってくださいね!」
 マッチ売りの少女は懐からハンケチーフを取り出し、頬の涙を拭うと笑顔で言った。窮地は脱したようである。それどころか、苦し紛れにひねり出したウソが功を奏し、かえって彼女を信頼を獲得できた感さえある。ケガの功名とはよくいったものだ。

「ええと、じゃあエッちゃん。もし知っていたら教えてください。
 その友達の名前は『柿原』といいます。エッちゃんは『柿原』という名前の信者を知っていますか?」

「…柿原さん…ですか。そうですねえ。ううん…」
 マッチ売りの少女は眉間にシワを寄せ、腕を組んだり、頭を抱えたりしながらウンウンと唸っている。か細い記憶の糸をなんとか手繰り寄せようと、悪戦苦闘しているようだ。僕は彼女の頭に光が降りてくる瞬間を待った。

「ごめんなさい。思い出せません。
 幹部の方であれば、顔だけでも見てると思うんですけど。」

「ふむ。
 幹部クラスの人たち―――ペンダントを持っている人は、教団に何人くらいいるんですか?」

「5人だと思います。ホントにあってるかと言われると、ちょっと、自信ないですけど。
山下さん、結城さん、本庄さん、西川さん、水野さんですね。
皆さん定例会にはよく顔を出されますよ。」

「荒井さんと、ツキヨミ…様は?」

「お二人は別格です。荒井様は教団の創立メンバーの一人だと聞いていますし、ツキヨミ様は、なんといっても教祖であられますから。」

 ふうむ。
 心の中で唸ってみた。ちょっと整理してみよう。

@ペンダントは幹部クラスの人間しか持っていない。
A柿原はペンダントを持っていた。
Bマッチ売りの少女の知る限りでは、幹部は5人。山下、結城、本庄、西川、水野。
C荒井、ツキヨミは別格の存在。ペンダントは持っていない。


 ひっかかるのはAだ。柿原はペンダントを持っていた。とすると、柿原も幹部の一人だったのだろうか?
 恐らくそうではない。
 マッチ売りの少女は、柿原を知らないと言った。そして幹部の人数をはっきり「5人」と言い切り、全員の名前をすらすらと答えた。それだけ自信があったということだ。彼女にとって教団の幹部とは、それくらいの存在感を持っているのだ。幹部の中で柿原だけを知らなかったというのは、さすがに不自然である。
 それよりも、柿原が5人のうちの誰かのペンダントを持っていた可能性のほうが遥かに大きい。柿原はなんらかの理由で幹部の一人と接触し、その過程でペンダントを手にしたのだ。
 ではその「理由」とは何か。それは柿原の死と関連しているのではないか?

 僕の推理が正しければ、ペンダントの持ち主は、柿原の死についての真相を知っているはずである。そしてその幹部は、今ペンダントを持っていない。当然のことだ。そのペンダントを僕が持っているのだから。


「ありがとうございます、とても参考になりました。」
 僕はマッチ売りの少女に、心から礼を言った。

「え、ホントですか?わたし、なんだか全然お役に立てていない気がしてて、申し訳ないって思ってたんですけど。」

「いえ、本当に助かりました。」

「そうですかあー。それはよかった。嬉しいです。。。」


 とにかく、これでフォーカスを絞り込むことができた。柿原の死の謎に一歩近づいたのは間違いない。複雑に絡み合った謎の糸が、徐々に解れていく感覚がある。
 僕は核心に近づきつつあるのだ。ゆっくりではあるが、確実に。



posted by 魔王源 at 12:00| Comment(0) | 第2章
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