1999

2010年07月14日

「1999」第2章 - 第1話「NT教団(1)」

 メイド喫茶「楡の木」を訪れた翌日、井上から僕の携帯に「店に来て」というメールが届いた。僕は日々の日課であるところのダウンロード作業を怠り、GARAXYへ出掛けた。5年以上続けてきた習慣を疎かにするのは、良心の痛むところではあるが、今はそれどころではない。
 一刻も早く柿原の死の謎を解かなければいけないのだ。

「よう、今日は早えな。」
 店に入るや否や、ボロボロのエプロンに身を包んだ井上が話しかけてきた。

「今日も仕事か。」

「おう、今週6でシフト入れてるからな。車ローンで買っちゃったし、金がいるんだよ、金が。」

「車ねえ…。悪いけど全っっっ然興味ないんだよね。ま、せいぜい頑張れ。」
 僕は普通免許を持っていない。この先取得するつもりもない。普通免許などという免許は、その名の通り「普通の人の免許」であって、尋常ならざる人であるところ僕が持つものではない。

「ていうか東芝もそろそろ働けよ…俺たちもう25だぜ。」
 井上が呆れかえった表情でぼそりと呟く。

「労働にも興味は無い。」
 言うまでも無いが、即答である。

「ま、いいわ…。
 そんなことより、すげー事がわかったぞ。」
 常にフラットな仏頂面を貫いている井上にしては、珍しいほどのハイテンションである。

「どした?」

「秋葉のメイドが持ってた例のペンダントな。あれの出所がわかった。」

「まじで!!」
 僕は思わず、井上に詰め寄った。

「おう。
 あれからネットで色々調べてさ。割と簡単に見つかったよ。」


「くそ…ネットか…そういえばその手があったな。完全に盲点だった。」

「…ていうか、知りたいことがあったら、まずググるだろう普通…。今日まで何してたんだ?」

「思索。」
 どうもネットって好きになれないんだよね。何となく信用できない。僕。

「…相変わらずだな。
 まあそれはそれとして、だ。本題に入るけど、あのペンダントな…どうもカルト宗教が絡んでるっぽい。」

 そう言うと井上は、僕を事務所の中に招きいれ、PCの前まで連れて行った。
 モニターには、得体の知れないHPが表示されていた。

「…NT教団…?」

「Nostradamus Testament―――<ノストラダムスの遺言>って意味だ。6年前に創立されて、近頃やけに勢いづいて来てるらしい。ニュースサイトやら2chやらで、滅多くそに叩かれてる。」

「ふむ。で、ペンダントとの関係は?」

「詳しくは分からないんだが、出所はここの教団っぽい。信者の証的なものだったりするんじゃないの?」

「なるほどね。」

「でな、このNT教団の教えっていうのが、実に胡散臭えんだよ。
 奴等は、

『ノストラダムスの予言通り、大魔王は降臨した。それなのに今も人類が滅亡していないのは、何者かによって魔王が封印されたからだ。教団の目的は、大魔王を封印を解き放ち、復活させることである。』

 って主張してる。だからトレードマークが1999なのよ。」

「…。」
 井上の話を聞いていて、奇妙なデジャヴが脳裏をよぎった。
 確か、夢の中で柿原は似たようなことを言ってなかったか?

「とにかく、調べてみる価値はありそうだな。」
 僕は言った。

「だろ?でな、もう一度ホームページを見てくれよ。ホラ、ここの【新着情報】って欄に『教団セミナーを開催します』ってあるじゃん。」
 井上は嬉々としながらNT教団のホームページを指差して言った。

「X月○日…明日じゃねーか!!」

「しかも『参加は自由』らしいぜ。」

「…こりゃ行くしかないな。」
 どう考えても行くしかない。ここに柿原の死の謎を解く鍵が必ずあるはずだ。

「うむ。行くしかないんだが…」
 先ほどとは打って変わって、井上の表情が曇った。

「だが?」
 僕は井上の青い顔を覗き込み、尋ねた。

「悪いけど、明日もシフト入ってるんだよね…
 すまんが、東芝一人で行ってきてくれないか。」




「…なんてこった!!!」









「で、私を呼び出したってわけか。」
 凶悪眼鏡女メイド鈴木が、殺意のこもった眼光で僕を睨み付けている。

「うむ。まあ、そういうことだ。」

「『うむ。まあ、そういうことだ。』じゃねえっつーの!!!独りで行けっ!!行って死んで来い!!!」
 鈴木は右手の拳を震わせて叫んだ。最早恫喝である。

「嫌だよ。
 だって、怖いじゃん?カルト宗教の施設に乗り込むんだぜ。独りで行ったら洗脳されるかもしれないじゃん。帰ってこられないかもしれないじゃん。ぼったくられるかもしれないじゃん。」


「私はあんたの用心棒かっつーの!!!!!!!!!」



 そんな感じで15分26秒に渡る愚痴と暴力の末、あろうことか鈴木は僕に「昼飯を奢れ」という理不尽な要求を突きつけてきた。まったくもってとんでもない女である。鈴木の前世はきっと、近隣の村人を震えあがらせた山賊とか、容赦ない年貢の取立てで農民を泣かせた悪代官とか、そういう類の人種だったに違いない。

 暴力に屈した僕は、泣く泣く鈴木を吉野家に連れて行った。

 鈴木は「ありえねー!!なんで吉野家!?」だの「レディを連れて行くのにもっと相応しい店があるだろうがよ!!」などと散々ゴネた挙句、牛丼特盛と豚汁とコールスローを注文し、2分17秒で完食した。こんな女には吉野屋ですら上品過ぎる。



 昼食を終えた僕と鈴木は、御茶ノ水にあるという、NT教団の施設を目指した。ホームページのアクセスマップを頼りに辿り着いた教団の施設は、五階建てビルの四階にあった。意外に綺麗なビルである。正直なところ、もっとボロくて汚い建物を想像していたのだが、その予想は見事に裏切られた。
 どうやら運転資金には困っていないようである。

 ビルの前には「NT教団 教義セミナー〜新たなるハルマゲドンに向けて〜 」と書かれた立て看板が出ており、その脇で少女がチラシを配っている。

「あの…NT教団教義セミナー、14:30より開始です。よろしくお願いしますぅ!!」
 少女はたどたどしい口調で通行人に呼びかけ、チラシを渡そうとしては拒絶されている。その哀れな姿は何となく「マッチ売りの少女」を連想させた。

 僕はマッチ売りの少女を呼び止めてチラシを貰い、話しかけた。

「すいません、セミナーに参加したいんですけど。」

「え!ホントですか!?あ…ありがとうございますぅ!!」
 マッチ売りの少女は喜びに目を輝かせて言った。可憐である。僕の隣で腕を組んで立っている、怖いお姉さんとは大違いだ。

「アンタ今、何か失礼なこと考えたでしょ。」
 鈴木が僕を睨み付けてきた。

「ん?別に何も。被害妄想なんじゃないの?」
 僕は表情を変化させぬように注意しつつ答えた。全くもって恐ろしい女だ。己に向けられた悪意を察知する、センサーのようなものを脳内に装備しているらしい。

「ええと、それでは会場に案内しますので、付いてきてください!」
 マッチ売りの少女が僕達の会話に割って入ってきた。ナイスタイミングである。

「あ、はい。よろしくお願いします。」
 僕はマッチ売りの少女の方に向き直り、笑顔で言った。

「ちっ…」
 鈴木が隣で舌打ちした。


 僕はそんな鈴木の舌打ちを華麗にスルーしつつ、マッチ売りの少女の後について、ビルの中に入っていった。



posted by 魔王源 at 12:00| Comment(0) | 第2章
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: