1999

2012年05月12日

「1999」終章 - 第2話「さいごのたたかい(2)」

第2話「さいごのたたかい(2)」

 エレベーターは永遠に下降していくようだった。わずかに感じる加速度と、低いうなりのような機械音から、かろうじて停止していないことだけは分かる。
 携帯の時刻表示は15:26を指している。さっき確認した時は15時を回ったところだったから、もう30分近くエレベーターに乗っていることになる。
 奇妙なエレベーターだ。否。「エレベーター」という呼び方すら適切かどうか分からない。普通のエレベーターであれば必ず付いている筈の機能のいくつかが、この乗り物には欠けている。
 まず階数を示すインジケータがない。それから開閉ボタンもなかった。僕がエレベーターに近付くとひとりでに扉が開き、乗り込むと音もなく閉まった。
 存在するボタンは<<B10F>>のひとつだけだ。そのボタンを押すと、エレベーターは下降を始めた。

 B10Fとは何を意味するのか?文字通り「地下10階」を指すのだろうか。だが地下10階もあるビルなど、なかなかあるものではない。タクシーに乗っている間、僕はあの不愉快な運転手の話に相槌を打ちながら、ずっと窓の外を眺めていた。これから自分が向かおうとしている場所の位置を把握しておきたかったのだ。タクシーは首都高を走り、目黒出口で降りた。それから10分と経たないうちに目的地に辿り着いた。タクシーが入った地下駐車場のあったところは、雑居ビル街といった感じだった。こんな場所に地下10階にも及ぶ施設があるとは考えにくい。

 それでは<<B10F>>とは何か。あるいは単に「とても深いところ」を表しているのかもしれない。僕をこの茶番劇に巻き込んだ何者かは、エレベーターが行き着くところにある<もの>の正確な位置を知られたくないのではないか。そこにはとても大切な<もの>が保管されている。いわば子宮だ。だからそれに対して危害が加わるようなリスクを、何としても避けたかったのだ。

 では、「そこにあるもの」とは一体何か?誰が僕をこの場所に導いたのか―――?

 何となく予想はついていた。全ては奴の狂言だったのだ。散々駆けずり回った挙句、振り出しに戻されるというわけだ。
 もっと早く気付くべきだった。今思えば、サインは至る所に存在していた。
 奴はずっとノストラダムスの予言にこだわっていた。変質的なまでに固執していた。大魔王が空から降ってきて世界を滅ぼす、そして新しい世界が始まる、そこから僕たちの本当の人生がスタートするのだと、呪文のように呟いていた。

 それは僕たちの世代が共有していた甘い妄想だった。僕たちは世界の終りを夢見ていた。物心ついたときからずっと、僕たちは形容しがたい閉塞感に苦しんでいた。いつだって欲しいものはすぐに手に入った。心の底から欠乏を感じたことなど一度もない。
 僕達に足りなかったのはミッションだった。深い意味を感じる事のできる確かな仕事―――使命だった。アニメや漫画やゲームの中で、僕たちは何度も大魔王を殺した。大魔王は諸悪の根源だ。大魔王さえ倒せば世界は救われるのだ。全てが上手くいくのだ。
 今でははっきり理解している。「諸悪の根源」などという都合の良いものはない。何が正しくて何が間違っているかなんて分かりっこない。世界は猥雑で混沌としたまま、今日も淡々と続いていくだろう。明日になればきっとまたどうでもいい事件が起きる。僕達は生暖かい笑みを浮かべてそれを消費する。その繰り返しだ。
 意味などない。理由などない。そういう世界に僕たちは生きているのだ。

 しょぼいけど、それが僕たちの世代が背負った宿命なのだ。




 エレベーターの扉が開いた。




 さあ、柿原の顔を拝みに行くとしよう。



posted by 魔王源 at 09:52| Comment(0) | 終章
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