1999

2012年03月14日

「1999」第3章 - 第12話「転」

第12話「転」

 目が覚めると自宅のベッドにいた。何が何やら分からない。僕は暗い部屋の中に閉じ込められていたのではなかったか?

 部屋の中を見渡してみる。どう考えても僕の部屋だ。出掛けた時と散らかり具合も変わっていない。何者かがが部屋を偽造したのだとしても、絶対に再現できないものがある。床に転がっている柿ピーの食べかすとか、くしゃくしゃに丸めて、床に放り投げられたメモ書きの類とか。そういったものを逐一チェックしていったが、何の違和感も覚えなかった。

 窓の外に目をやる。実に良い天気だ。雀が電線の上をぴょこぴょこと飛び跳ね、その下の道路を乗用車が走り抜けていく。空には雲が三つ。大きいのと小さいのと、散り散りになって浮かんでいるやつだ。鳩の鳴き声も聞こえる。カラスの声も交じっている。あまりに平和だ。

 ベッドから起き上がり、ドアの方まで歩いた。廊下に出てみる。やはり、いつもと変わらぬ我が家だった。階段を降りてキッチンに入り、壁掛け時計に目をやる。AM9:36。僕にしては早い目覚めだ。いつもなら午前中に起きる事などあり得ない。
テーブルの上には、ラップを掛けられた朝食の残りが乗っている。僕は朝食をレンジで温め直して食べた。ハッシュドポテトにハムエッグ。悪くない組み合わせだ。

 家の者は皆出かけているようだった。

 何となくテレビをつけてみた。テレビなど観るのは本当に久しぶりである。ここ5、6年はリモコンにすら触っていない。僕の求める情報の殆どは書物の中にしか存在しないし、それで事足りなければインターネットで調べる。TV鑑賞など時間の無駄でしかない―――筈なんだが。
 モニターの中で30歳くらいのニュースキャスターが、噛んだり吃ったり言い間違えたりして、その度に「失礼しました」と謝罪しつつ、ニュースを読み上げていった。
日経平均株価9998,26円。本日のニューヨーク外国為替市場の円相場は1ドル82円63銭で、前日に比べて32銭円安。新潟の用水路でアユの放流が始まり、九州では鳥インフルエンザによる風評被害で農家が大打撃を受けていた。中国では世界最大級の有人宇宙ロケットが開発中で、ミネソタ大学の研究チームは量子テレポートに成功したとのことだった。無人火星探査機の帰還は8年後の4月上旬になる見通しで、4tトラックが幼稚園に突っ込んで保育士が2名負傷した。原因は飲酒運転だった。脱税収賄容疑で某政治家を東京地検特捜部が告発したが、政治家は知らぬ存ぜぬを貫き通しているらしい。どこかの動物園ではパンダが椎間板ヘルニアを患って入院中とのことだ。山梨県の小さな町では芋掘り大会が開催され、小学生たちが鼻息も荒々しくサツマイモと格闘していた。優勝したのは6年生の女子だった。

 実に色々なことが起こっているようで、実は何も起こっていない。何故僕は、テレビの電源を入れてしまったのだろう?

 電源を消そうとした、その時。

 都内で活動している宗教法人「Nostradamus Testament」、通称NT教団の最高責任者、荒井秀樹氏(37才)が信者殺人の容疑で逮捕

 のニュースが飛び込んできた。
 成程、そういうことか。
 僕はGARAXYに向かった。
 

「で、どうすんのよ?」
 荒井逮捕の報告を聞いて井上が、相変わらずの青ざめた顔で言った。
「どうもこうもない。ただ、当分の間は教団から距離を置こうと思っている。今、奴等は僕の相手をしている場合じゃないだろう。下手に動くとあらぬ濡れ衣を被せられる危険もあるしな。それに。」
「それに?」
「これ以上教団を洗っても、何も出てこないような気がするんだ。」
「なんでよ。やっぱり荒井が犯人だってこと?」
「そうじゃない。もしかすると荒井は水野を殺したかもしれないが、柿原を殺した奴は別にいる。」
「どうしてそう思う?」
「荒井には柿原を殺す理由がない。」
「そうかなあ、何か決定的な弱みを握られたとか。私怨という線もあるぞ。」
「荒井は用心深い男だ。人を殺さなくては解決しないような弱みを作ったりはしない。そもそも人の生死を左右する程の事情は、あの教団にはないよ。」
「ふむ。」
「それよりヨサルディン・ポ・ゲペドンの言葉が気になってる。奴は僕が致命的な間違いを犯していると言った。確かにそうだと思う。多分僕は推論を進める上で、なくてはならないファクターを見落としている。」
「それは何なんだ?」
「それが分かれば苦労はしない。はっきりとした事は何も言えない。ただ、そう感じるだけだ。
 僕はもう一度、柿原の部屋に行ってみようと思っている。あそこで見つけたUSBメモリが、そもそもの始まりだった訳だから。何かを見落としているとすれば、あそこに答えがあると思う。」
「なるほど。それじゃ行ってみるか。」









 次の日の朝、僕と井上は柿原の実家に向かった。この日井上はバイトが休みで、早朝9時にうちにやってきた。地獄の死者の奏でるハーブのようなチャイムが鳴り響き、それからしばらくして「サトルちゃん、井上君がいらっしゃったわよ」と母親が言って僕の部屋をノックした。こうして僕の安らかな眠りは打ち破られた。で、今、柿原宅に向かってとぼとぼと歩いているわけである。
 
 柿原宅に到着した。僕と井上は首を傾げざるを得なかった。そこには何もなかったからだ。柿原の実家があったはずの場所には、砂利の敷き詰められた空き地があるだけだった。土地は黄と黒のロープで区画されている。駐車場にでもするつもりなんだろう。
 
「道を間違えたかな?」井上がぼそりと言った。
「いや、間違えていない。」
「だよな。家はどうなったんだ。」
「わからん。」
 
 僕達は何をするでもなく、柿原の実家があった場所に立ち尽くしていた。何かが動き始めている。荒井が捕まった事と、柿原の家がなくなったことは無関係ではない。そこには確実に何者かの意志が働いている。
 ふと思った。
 その「何者か」は、店仕舞いを始めたのではないだろうか。頭の中に、急速にひとつの仮説が構築されつつあった。それが正しいという保証は全くない。むしろ外れている可能性のほうが高いだろう。だが、もし合っているとしたら。
 
 真実は、もうすぐそこまで来ている。



posted by 魔王源 at 11:44| Comment(0) | 第3章
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