1999

2012年02月14日

「1999」第3章 - 第11話「暗闇の中で」

第11話「暗闇の中で」

 暗闇の中で目が覚めた。
 一体ここはどこだろう?教団の施設内か、それとも他のどこかか。或いは天国か地獄かもしれない。
 ひどく頭が痛む。脳味噌の中にフォークを突っ込まれて、かき回されているみたいだ。
 手探りで暗闇の中を這った。自分を取り巻く環境についての情報が不足し過ぎている。どんな些細なことでもいい。とにかく情報が欲しかった。その為には動いてみるしかない。
 やがて指先が何かにぶつかった。僕はその何かに掌を当て、感触を確かめた。ザラザラした冷たい感触が伝わってくる。「壁」だ。目覚めた場所から、1mと離れていないところで壁に突き当たった。
 僕は壁を押してみた。固くてビクともしない。恐らく分厚いコンクリートか何かでできているのだろう。

 掌を壁に当てたまま立ち上がり、壁に沿って歩いてみる。三歩も歩かないうちに、足の爪先が何かにぶつかった。
 どうやら僕はとても狭い空間に閉じ込められているようだった。四方を壁に囲まれている。

 一体ここはどこだろう?押入れか、井戸の中か?或いは教団の地下牢だろうか。いずれにせよはっきりしていることが一つある。
 それは「出口は必ず存在する」ということだ。何故なら僕は、この部屋に「入った」のだから。入ることが可能ならば、出ることも可能な筈だ。
 では、僕はどこからこの部屋に入れられたのだろう?天井か、壁か、それとも床か。

 手始めに壁を疑ってみることにした。もう一度壁を撫でてみる。今度はゆっくりと注意深く、丁寧に、漏れのないよう十分な時間をかけて。
 壁のどこかにドアがあるかもしれない。だとすれば、どこかにノブがあるはずだ。ノブを見つけたら、ノブを回し、ドアを開ける。鍵が掛かっている可能性もあるが、現段階で鍵について考えるのはあまりに性急過ぎる。ノブが見つかれば、それだけで大きな前進だ。

 ノブは見つからなかった。
 それどころか、僕を取り囲んでいるコンクリートの壁には、わずかな継ぎ目も隙間もなかった。その事実は僕から少なからず勇気を奪った。だが、落ち込んでいる場合ではない。一刻も早く出口を見つけなくてはならない。

 今度は天井を疑ってみる。
 背伸びをして、右手を目一杯上方に伸ばしてみた。暗闇にいるせいかバランスをとるのがひどく難しい。腕の筋肉が吊りそうになるまで腕を伸ばし、指先で天井を探った。けれども右手は空を切るばかりだ。
 今度はぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。全く光の届かない完全な闇の中、狭い空間で跳躍を繰り返すのは危険極まりない行為だ。当然のことながら、背中や肩をコンクリートの壁に嫌という程打ち付けた。
 それでも相変わらず右手は空を切るばかりで、何かに触れることは一切なかった。それは僕の手が届く範囲に天井が存在しないことを意味していた。出口が天井にあるとすると、脱出は絶望的だ。

 残された可能性は床である。
 もっとも床に出口が存在する望みは薄い。床に出口があったとすると、この部屋に僕を突っ込んだ何者かは、僕を担ぎ上げて押し込んだことになる。それはちょっと考えにくい。ドアを閉ざすのにもひと苦労だ。

 だが今は、床を調べる以外に方法がない。壁には何もないと断言できるし、天井には手が届かない。
 恐らく床に出口はないだろう。だが、何らかの手掛かりは見つかるかもしれない。

 四つん這いになり、丹念に床を撫でていく。そうしていると、段々怖くなってきた。
 僕は心の底に恐怖を押し込んで、ぴったり蓋を閉じたつもりだった。けれども蓋の下で恐怖は膨張を続けていたようだ。今にも爆発しそうな雰囲気である。
 今、冷静さを失うわけにはいかない。恐怖に取りつかれたら終わりだ。確かに僕は絶望的な状況に置かれている。それでも出来ることをやり尽くしたわけではないのだ。

 深い呼吸を繰り返し、恐怖が収まるのを待った。

 恐怖というものは本当にやっかいだ。僕は随分長い間恐怖について考えてきた。恐怖は人間から行動力を奪い去り、間違った行動に駆り立てる。
 例えば人が働くのは、怠けることへの恐怖があるからだ。「働かない」という選択は罪悪感を産み出す。罪悪感の正体は、罰せられることへの恐怖だ。
 多くの人はこの恐怖から逃れるために働いている。金や名誉が働くことのモチベーションとなるケースは極めてまれだ。「生き甲斐だから」とか「人の喜ぶ顔が見たいから」などと戯言をほざく偽善者もいるが、全て綺麗ごとの嘘っぱちである。大多数の人間は、恐怖にコントロールされて動くロボットに過ぎない。

 僕は「働かない」ことが生み出す恐怖と戦い続けてきた。それは世間で言われているような安楽な道ではなかった。厳しく険しい茨の道だ。僕だって、「こんなこと続けてたらヤバいんじゃないか」とか「いつまでもこんな状態でいられる訳がない」という恐怖はあるのだ。ただ僕は、それに呑み込まれないだけだ。そのような恐怖に支配されそうになった時、僕はあえて恐怖と対峙することにしている。心の底をじっと見つめる。そして「果たしてこの恐怖は本物だろうか?」と自分に問う。そうすることで大部分の恐怖は消えていく。
 この習慣は僕に強靭な精神力を与えた。必ずしもニートが弱者とは限らないのだ。依存や甘えだけではニートはやっていけない。どうしたって人間は一人では生きられない。ニートだって社会と繋がっているのだ。ニートの肩書を背負い、社会と向き合っていくのは生易しいことではない。世間の目、親からのプレッシャー、友人たちの冷たい目線、あらゆる同調圧力と戦っていかなくてはならない。ニートを続けるには、鋼鉄の精神が必要なのである。

 人は比べる生き物だ。比較することなしには、一日たりとも生きることができない。いかにも我関せず、我が道を行くを貫いているように見える人だって、心の内では自分が人よりも勝っているか、劣っているか、ということについてばかり考えている。悲しいかな、それが現実だ。
 その現実を超越し、一切比較することなく、自らの内にある絶対的な物差しでもってのみ価値の判断を行う―――それが可能な人間だけが、ニートであり続けることができるのだ。それが出来た僕は圧倒的な強者だ。だから僕は、どんなことにだって耐えられる。

 今思えば、僕の強さに気付いていたのは柿原だけだった。柿原だけが、僕が強者であることを見抜いていた。 かつて柿原は言った。

「君は強すぎる」 

 と。




 待て。




 何かが引っかかった。


 それが何だかはまだ分からない。
 何かが心の底の深いところに潜んでいる。それは小さな声で僕に訴え続けている。

 あと少しだ。
 あと少しで思い出す――――――――。









「ねえ、東芝君。」

「ん。」

「お願いがあるんだ。」

「なんだい?」

「大魔王になってくれないか?」

「大魔王?」

「ノストラダムスの大魔王。君しかいないんだ。」

「…。」

「どう?」

「あまり気乗りはしないね。僕は予言を信じない。」

「そっか。」

「ごめん。」

「残念だ。」





(続く)




「1999」 - 登場人物紹介


posted by 魔王源 at 12:00| Comment(0) | 第3章
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