1999

2011年02月14日

「1999」第3章 - 第4話「山下(2)」

第4話「山下(2)」

 △月□日、僕はハピネスビルディングの事務所にいた。来月行われるセミナーで使用する配布資料作成についてのミーティングが目的である。この頃僕は教団内において「PCに明るい人」というポジションを確立しており、事務所への出入りも自由になりつつあった。

 ミーティングの後、僕は「手掛けていたビラのデザインを少し修正したい」と申し出て、事務所のPCを借りた。で、作業するフリをしつつ、家から持ってきたUSBメモリをPCに挿入した。
 USBメモリの中にはコンピューターウィルスが仕込んである。一応セキュリティソフトはインストールされているようだが、そんなものは通用しない。
 セキュリティソフトは個々のウィルスに対応したワクチンがインストールされていなければ機能しない。だが、このウィルスのワクチンは存在しない。なぜならこのウィルスは、僕が自作したものだからだ。昨日仕上がったばかりの、出来たてほやほやである。ワクチンなどあるわけがない。
 ウィルスは、感染したPC内部にあるエクセルのファイルが使用不能になるように作ってある。目の前のPCにウィルスを感染させると、僕は席を立った。この部屋のPCは、全て一つのルータに接続されている。だから明日にはすべてのPCにウィルスが感染している筈だ。









 翌日、僕は忘れ物をしたという口実で、再び教団事務所を訪れた。僕の狙いどおり、事務所内は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなっていた。
 騒ぎの中心にいるのは山下だった。山下は「クソッ!!」とか「なんでよ!!」とか「勘弁してよ!!」といった悪態をつきつつ、自分に割り当てられたPCのキーボードを叩いている。

「何かあったんですか?」
 僕は何も知らないフリをして、事務の女に聞いた。

「エクセルのファイルが開かなくなっちゃったんです。」

「なんと。」

「山下さん、経理係ですから。まったくもう…明日は予算会議なのに。」

「バックアップはとってなかったんですか?」

「らしいです。荒井さんは常にバックアップを取るようにって、うるさく言ってるんですけどね。」

「あらら…それは困りましたね。」
 同情の眼差しを山下の方に向けつつ言った。どのみちバックアップがとってあっても開かないんだけどね。エクセル本体に細工してるから。
 で、善意の第三者を装いつつ、僕は山下に近づいて行った。

「すいません、ちょっと見せてもらってもいいですか。」
 そう言うと、山下は僕の顔を胡散臭そうに眺め、黙って席を立った。そして「ちょっと飲み物買ってくる」と言って事務所を出て行った。ありがたい展開である。天の恵みといって良い。山下に後ろに張り付かれてしまうと、この後の作業が面倒になる。
 僕はIEを開き、とあるURLにアクセスした。それは僕の個人的なサーバのアドレスで、アクセスするとウィルスの機能を停止し、消去するプログラムが自動的にダウンロードされるようになっている。後には何の痕跡も残らないというわけだ。さすがは僕である。世界の中心に向かって「えっへん」と叫びたい気分だ。

 しばらくすると山下が戻ってきた。山下はゾンビ映画に出てくるゾンビみたいな青い顔で心配そうに僕の顔を覗き込み、

「どう?大丈夫?」と聞いてきた。

「ううーん、どうやらウィルスに感染してたみたいですね。」僕は答えた。

「ええっ!?そうすると俺のファイルはどうなっちゃうわけ?ねえ!?ねえ!?どうなっちゃうのよ!?」
 山下のヒキガエルみたいな顔がさらに青くなった。蒼穹の如き見事な青さである。蒼いヒキガエル。考えようによっては芸術的と言えなくもない。ちょっとしたポエムになるかもしれない。否、ならないな。

「そんなに性質の悪いやつじゃなかったです。ネット上で無償のウィルススキャンをしたら駆除できましたよ。えっと、エクセルのファイルが開ければいいんですよね。」
 僕は立ち上がり、山下に席を譲った。山下はPCの前に座ると大急ぎでデスクトップ上にある「会計」というファイルを開いた。

「うおおおおお!!ありがとう!!!助かった助かった。いやあもう、一時はホントにどうなることかと思ったよ。もし直らなかったら、結城さんに殺されるところだったよ。マジでサンキューね。はい、これお礼の飴ちゃん。」
 山下は嬉々としつつ机の抽斗を開き、中から飴をひと粒取り出して僕に渡した。飴は小さな袋の中に入っていて、袋には「シロップ漬けが美味しいジンジャーのど飴」と記載されていた。

 それにしても、飴の事を「飴ちゃん」と呼ぶセンスについては思うところ多々ある。その多々思うことについて語り始めると400字詰め原稿用紙3000枚分くらいの分量になってしまうので、今は遠慮しておくが、とにかく思うところ多々あるのである。

 しかし、今はそんなことはどうだっていい。
 山下が抽斗を開けた瞬間、中に卵型の奇妙な物体がちらりと見えた。幹部用のペンダントである。


 つまり、山下もシロということだ。




(続く)




「1999」 - 登場人物紹介


posted by 魔王源 at 12:00| Comment(0) | 第3章
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