1999

2011年04月14日

「1999」第3章 - 第6話「ヨサルディン・ポ・ゲペドン(2)」

第6話「ヨサルディン・ポ・ゲペドン(2)」

 僕は今、異世界の街路に立っている。
 その僕の周りを井上―――正確に言えば、井上の操るキャラがうろうろと動き回っている。この世界では、井上は凶悪な面構えをした顔色の悪い男ではない。濃緑色のツインテールがチャーミングな魔法少女である。

「ていうかネカマか。」
 一応の礼儀として突っ込んでおく。

「うるせえ、いくぞ。」
 僕の突っ込みを無視して井上は歩き始めた。

 井上はハルマゲドン・クロニクルをかなりやり込んでいるようだ。キャラクターのレベルは97に達している。僕はHQをプレイしているわけではないので正確なところは分からないが、恐らく相当の玄人プレイヤーなのだろう。街を行き交う者の内に井上ほどのレベルのものは見られない。
 また外見も少し違っている。井上のキャラは重装備ではない。持っているものはローブ、杖といった魔術師に必要な最小限の装備である。だがそれらが、そんじょそこらの店で売っているような平凡なアイテムではないことは、デザインからはっきりと見てとれた。きっと強力なマジックアイテムに違いない。

 井上は街の中を迷うことなくサクサクと進んでいく。僕はそれに付いて行くのに必死だった。
 僕はどうにもこの手のゲームが苦手だ。マウス捌き等のオペレーションが上手くない、というのも一つの理由ではあるんだが、それ以上の「何か」がMMORPGにハマることを躊躇わせるのである。

 個人的には「MMO」というやつは、せせこましい現実世界から離れ、競争や争いのない、夢のようなファンタジーの世界に逃避するために存在するという認識でいる。ところがいざ実際にプレイしてみると、そこが現実以上に熾烈な競争社会であることに気付かされるのである。
 MMORPGの内にはレアアイテムとか、転生とか、LVとか、倒すことが困難を極めるモンスターとか、ゲームの世界におけるイニシアティブを獲得するために必要となるギミックが無数に用意されている。で、プレイヤーたちはそれを手に入れるために必死で努力するわけだ。
 よく考えてみるとそれは、現実世界で行われている競争と何ら変わりない。それじゃあちっとも逃避にならないのである。結局のところMMOのプレイヤーは、競争のフィールドとして現実世界よりも有利な条件が存在する方を選んだにすぎないんじゃないだろうか。僕にはそこがどうにも我慢ならない。僕はバーチャル世界でまで競争したくない。僕は「逃避」がしたいのだ。

 まあ、それはさておき。
 
 ズンズンと突き進む井上の尻を死にもの狂いで追いかけ、僕たちはどうにか<小宇宙の樹>に到達した。そこに辿り着くまでの道のりは困難を極め、井上は何度も死にかけて貴重な復活アイテムを消費した。彼曰く、

「この界隈は屈強な6人パーティーくらいでないと近づくことすら厳しい」らしい。

 僕の方は、そちらに関しては気楽なものだった。僕のキャラはLV1だが、HPは∞に書き換えてあるのだ。こんなこともあろうかと、手を打っておいたのである。

「ちきしょーズリいな。」7回目の復活を遂げた井上が毒づいた。

「こうでもしないと、ここまで来れなかったろう。背に腹は替えられんよ。何なら井上のキャラも書き換えてやろうか?」

「いや、遠慮しとく。そんなことしたらゲームバランスが無茶苦茶になってつまんなくなる。運営局にバレたらアカウント止められるかもしれないしな。」

「そうか。」
 僕は頷いた。
 なるほど。井上にとってハルマゲドン・クロニクルはその位大切なものなんだろう。

「にしても、いねえなヨサルディンなんたら。」

「うむ。」

「待ち合わせの時間は書いてなかったのか?」

「ないな。『小宇宙の樹の下で待つ』それだけだ。」

「ふうむ、どうするよ。」

「ひたすら待つしかなさそうだ。」
 
 僕達は小宇宙の樹の下に腰を下ろし、ヨサルディン・ポ・ゲペドンの到来を待った。今のところ、出来ることはそれしかないようだ。


 僕と井上の間をそよ風が通り抜けていき、小宇宙の樹の葉が静かに揺れた。辺りは草原である。蝶のような生物がふわふわと漂い、遠くのほうから何やら動物の鳴き声が聞こえてくる。実に牧歌的な光景である。よくできた虚構だ。現実と仮想世界の区別がつかなくなる奴が出てくるのも頷ける話である。

「トウシバ・サトル君だね。」

 背後で声がした。振り返ると、そこに男がいた。
 長身の男だった。真っ黒なローブに身を包み、フードを深く被っている。顔はフードに隠れて見えない。

「貴方がヨサルディン・ポ・ゲペドンか?」僕は聞いた。


 男は、ゆっくりと頷いた。




(続く)




「1999」 - 登場人物紹介


posted by 魔王源 at 12:00| Comment(0) | 第3章
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